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第2回 WOMBAT 編集会議


2002,1,24 場所;ジョナサン護国寺店  時間;午後7時〜11時

参加者; 三木卓(みき) 中村礼輝(REIKI) 森幹夫(トウハール) ますだゆきこ
     鈴木大介 粂潤一(あかあむ) 以上6名 以下の記録では、順に頭文字で
     発言者をM,N,T,Y,S,Aと表示します。     
     
 
繁茂する枝葉 【[WOMBAT]表紙〜ミュージックとデザイン〜】

M:テーマソング“最後の楽園”を流す。
 これに関して、曲をコピーレフトにしたらいい、歌詞をコピーレフトにする、歌詞はつけないで曲だけ流すなどの意見が多数でた。

A: 2月初旬発行になる本に[WOMBAT]のURLが紹介されてしまうので、プラネットマガジン発行は急務。

M: 金魚鉢のなかで回遊している感を免れない今までの段階から外に向けて具体的なプロダクツをつくってゆく段階に移行するときに来ている。

Y: MLをROMしていて思ったのは、いったいだれがだれだかわからなくて(サニヤス名とリーガル名がチャンポンに登場することとか、聞きなれない名前が登場すること)、会話が読みづらいことがあるということ。何人もが対話に参加していてもまるで一人しかいないような錯覚に陥ることも。それから、会話の輪に入りにくいこともあった。

この意見は、MLでの対話をROMしているメンバーがどう感じたかという外から内への方向で見た視点にもとづくものです。これからマガジンを訪れる人々にたいするときに役に立つと思われます。長編小説の扉にあるような登場人物紹介みたいな頁があるといいのに、という意見もでました。

N:形はあとからできるといういいかたもあるが、《見え方》は“斬新”でありたい!。(2chと混同されると困る)1回見ただけで、魅了されることが大事。何かあると思わせる。あくまでも僕個人の希望ですが。それをデザインでやる。見た瞬間、ドキッとハートをつかめるようなもの。この印象深さは、グラフィックよりも、WOMBATのロゴタイプやシンボルマークの方に置かれた方がいい。それは企業の存在証明であるCI(コーポレイトアイデンティティ)のようなものともいえる一方、企業ではないという意味で、WOMBATはWOMBATであり、それ以外のナニモノでもないという主張も大切なことである。何人かのクリエイターをウォンバットの討論の場に招き、そこで感じ取ったものを、視覚に訴えるデザインとして作品化してもらう。 ⇒ けれども、一発で完成ではなく、メンバーからのフィードバックをもらい、少しずつ理想的なものに近づけるというプロセスを経て完成させる。

S: フラッシュでやる。⇔ N: フラッシュがないほうがよい⇒S:動かないデザインはダメではないが、音がどうしても欲しい。

S:ナレーション(WONBATとは何か?)を 5,6000wordで。しゃべるひと、録音するひと。

Y: WONBATとは何か?というのを複数の人たち(読者も含む)に書いてもらったらどうか。

N: ウェルカムページ(S)をまず出して、そこから先には選択しないと入れないようにする。

S:招いたひとしか来ないから、たとえば「ラブ・アンド・ピース」とうたえば、それにひきつけられたひとしか来なくなる恐れがある。

T: トップページが毎回変わるのがいいのではないか。読者から案を出してもらい、優れたものは、トップページにあげる。

 これに関しては、本誌の基本理念でもある《循環型のメディア》を実現する運営・編集方針に沿うということで、全員一致しました。
(これについて、ご本人が翌日、さらに詳細な説明をMLに発表してくださいましたので、それを次に転載しておきます)

T: 雑誌の表紙的に、サイト内で起こっていることがキャッチコピー化されてトップページに置かれる。サイト内の掲示板で起こっている動き、もしくはWOMBATとリンクしているサイトでの動きを随時、報告してもらい。コア・スタッフがキャッチコピー化してトップページに置く。
「ビンラディン家とブッシュ家の家族ぐるみのお付き合い発覚!」
「届けこの声! リストカット世代の声を俺は伝える−Wombat期待の新星:鈴木大介」
「お金がないならお金をつくってしまおう−激論・地域通貨の世界」
「世直し奉行参上」(えーっと、これは適当)・・・・など。

当然、毎日更新したい。新しい展開があれば、サブキャッチで補足する。

「ビンラディン家とブッシュ家の家族ぐるみのお付き合い発覚!」 ・・・・・「現在に宗教戦争は起こりえない」(発言者名)とか、
「ビンラディン家とブッシュ家の家族ぐるみのお付き合い発覚!」 ・・・・・・ラディン派とブッシュ派の大激論勃発など。

これだと、ROM中心の人も、サイト内外の面白いを動きをレポートしてくれて、能動的に関わってくれるんじゃないかと。情報だけでもいいし、キャッチを考えてくれてもいいし。

支える幹 【トピックスとコンテンツの作り方についてのアイデア】

N: 先ほど表紙の話で「見せ方」のことをいったけれど、「見え方」がこれとずれることもありうる。この場合、勝負はあくまでもコンテンツということになるかと思う。

T: 「セックス」というトピックスなら、豊富な材料がある。最近のマスコミの扇情的な記事の氾濫するなか、切口しだいでいくらでもオリジナリティが出せるはず。

Y: “水槽の外”と新陳代謝をはかるためにも、読者の皆さんからの声をたくさん募るといいのではないか。「セックス」をテーマに三つの記事を書いてもらう。期限を決めて募集。たとえば扉を三日間だけあけておくとか。記事や素材を集め、編集の意見も集める。

先日のMLでコギャルやリスカの話題が出たが、若い女の子の立場をポジティブにとらえてゆくという方向性もだされました。これは彼女たちの視点もいれることで、一方通行で情報価値を判断しないという姿勢からです。《循環型のメディア》の理念をコンテンツにも貫くということです。

N: バザール方式で、WOMBATという屋根の下で自由にできるのがいい。メディアとしてとらえられることが大事。メディアとは「情報発信基地」のこと。従来のメディアはワンウェイで、しかもコントロールにより情報を歪める。ここでは情報は循環する。WOMBATのコンセプトに賛同してくれる様々なジャンルの人達が、あるテーマの中で議論し合い、それがWOMBATの編集により、トピックスとして、情報発信されていく。このような流れをイメージして「循環型情報発信基地」と呼びたい。各ジャンルの内容をピラミッドの底辺に置くとすると、編集の手をへて頂点のトップページに行くというスタイルである。

テーマをひとつ決めて、そこで意見が交わせる出会いの場をつくったらどうかという意見もでました。これは新聞の投書欄をめぐってのコメントをだしあうことでも実現できるでしょう。

S:コピーレフトにのっとって自由に変えられるサイトと、いじっちゃダメという正式版サイトの2タイプをつくったらどうか。

N: アクセス数が万単位になれば、サーバ運営費がたいへんになってくることが予想されるから、それにたいする対策も講じていかなくてはならない。

S: 去年つぶれたアメリカ最大手のポータルサイトであるエキサイト@ホームの例もある。ただ、ボランティアを利用する方法として、こんな例がある。アリゾナの天文台で観測している宇宙からの電波の中に、作為的な規則性(地球外知的生命からのメッセージ)がないかどうかを解析するに当たって、膨大な量になる演算を「ボランティアが自分のパソコンのあいているマシンパワーをオンライン経由で提供」することでクリアするというもの。HPで配付される無料プログラムをダウンロードすると、自分のパソコンが自動的に電波望遠鏡のデータを受け取り、電波に妙な信号(宇宙人からのメッセージ)が混じっていないか分析、結果をセンターサーバに返信する。2チャンネルだって本来ならサーバ運営費が月間800万円かかるといわれているところをビッグサーバーさんの無償援助でクリアしてきた。(鈴木氏から提供された記事を一部使用)
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http://www.planetary.or.jp/setiathome/home_japanese.html
これが『SETI@HOME計画』の公式サイトです


S: 「セックス」で自己紹介しましょう、というサイトをつくる。匿名性を利用。ビジネス談のあとでセックスを話題にすることで、互いに裸の心になれる。日頃話せないことを話すことで、解放感を味わいたい。

T: ここはあまりにも優秀な人たちがしゃべっているという印象をいだかせがちなので、ひと工夫が必要だと思う。“お笑い”も必要。以前、ぼくが面白いと思ったサイトがある。(もうないかな?)核ミサイルのボタンがあって、どの都市に飛ばすかを選ぶことができるのだが、世界の主要都市をどこでも選べる。で、ボタンをクリックすると「北京は核によって壊滅しました」とか文字が出て、最後のこれまでアクセスした人がどの都市にミサイルを発射したかの総計が表示される。ブラックジョーク的サイトだが、閲覧者自身もそのジョークに能動的に関わりつつ、問題提起的であるという点で、とても面白かった印象がある。こんなんで、もうちょっとポジティブなやつがWOMBATあるといいかも。

S: アニメーション化するのもいい。

T: アメリカの諷刺画の好例もある。

N: 13の月の暦(マヤ暦)の研究家であるホセアグエイアスは、「今いちばん必要なのは、グレゴリオ暦を捨てることだ。なぜなら、根拠がないから」ということを説いている。キリスト教布教のためにつくられたリズムにもとづいているグレゴリオ暦と違い、マヤ暦は、自然のリズムに合わせるようになることと、気づき(アウェアネス)がでてくるという結果をもたらす。

T: ヒーリングの世界でも10年前に理解できなかったことが理解され始めている。ハードなエンカウンターではなく、ソフトな刺激だけを受けつけるようにからだが変わってきている。

S: 人間をまっさらなパソコンにたとえると、親がOSをインストールしなかったとか、不完全だとかで精神的な障害がでてきてしまう。そのときは、「再インストール」したり「修正パッチ」を当ててあげないといけない。それをしてあげながら自分もメモリが増えたりする。足りないものを補いあうということは、恋人同士でもやっていることである。

T: 70年代的セラピーを「力動的セラピー」と定義。つまり、エンカウンターのように、エゴ構造に圧力をかけていったん解体してしまい、それを再構築するといった感じのセラピー。でも、これじゃ壊れてしまう人もいるし、現代ではスマートじゃない感じ。金儲け主義の自己啓発セミナーや各種新興宗教団体の洗脳テクとしても使われてきた背景があるので、印象が悪い。で、現在流行りつつあるのが、「情報型セラピー」だと思う。つまり、エゴ構造、条件付けの「バグ」を再プログラムすることで、変化を引き起こす。「OSの再インストール」等で心の問題にアプローチするのは「情報型セラピー」だ。その特徴は、即効的、特定の問題の原因に焦点が合わされるので、最小限の「セラピー的介入」ですむ。情報の操作によって、自然な変化を引き起こす。無理がない。よって、事故(発狂など)の心配は皆無。このようなセラピーとして、TFT、EMDR、パームセラピー、3in1キネシオロジー等がある。WOMBATの仲間のセトゥー考案のクイックリリースhttp://qr.webhop.net/もその一つだと思う。

S: 知り合いたちや自分が、ヒーラーのところに行くのを躊躇する理由。料金設定が高い、(ただならだれでもやる)宗教じゃないかと警戒してしまうなど。

A: 薄利多売でゆくしかないのでは。一人のクライエントからたくさんとろうとしたり、いつまでも通わせるのではなく、次々といやして、できるだけ多くのひとにヒーリングを施すのがいいと思う。そうした意味での素晴らしいヒーラーを紹介してゆくサイトもつくればいい。

N: 知人に沢山の人々をいやしたいと望んでおり、いやすことでしか喜びを得られないというひとがいる。自分のやるべきことは何かという点に気づくことを促進し、地球のかけがえのなさを知ってこの惑星に奉仕する方向に導く。気づきを与える場としたい。

はりめぐらす根 
【部分と全体のつながり方−農を中心としたライフスタイル・都市と地方のコミュニケーション・からだ】

それから、ますだゆきこさんが持参していたデッサン帳(?)らしきものに図を描いて、三角形のボトムからトップまで読者と編集スタッフとページとの間を情報やエネルギーが循環せずに、断絶してしまっている従来のメディアとは異なる構造を示しながら、そこに皆さんの視線が集まって、その紙にそれぞれ絵図を描きながら話し合いました。マンダラの様式や中心と周縁のヒマワリ型の会話形式とメガネットワークの構造などに関する共通理解を再確認しました。

A: 各ジャンルを緊密につなぎながら、それらの結びつきがくっつきすぎてスキマがなくならないように。そして真ん中に中庭(パティオ)とか広場のような空間をもってきて、そこを出会いの場とする。そこでは各ジャンルの狭い枠を脱け出て、いっさいの専門用語を使わずに、ニュートラルでなにものでもないかのように、お互い初めてであるかのように新鮮な出会い方をする。ちょうど空気中を見えない粒子が不規則にさまよいブラウン運動をしているかのように。そうやって人と人とが偶然のように出会って、交流してゆく場。

N: 松岡正剛が世界の歴史を年表にしているが、普通「時間軸」と「地域軸」という切り口(つまり、アジア、ヨーロッパ、中近東、南北アメリカ、、、等と分けて、出来事を時系列にならべていく)で処理するところを、彼は「時間軸」と「出来事のジャンル」で処理している。どういうことかというと、「芸術・文化」「戦争」「政治システム」「科学」というようなカテゴリ(注:手元に本がないので、カテゴリ名称はテキトー)で分けて、それが時系列で並んでいる。これを見て面白いことは、世界の歴史が見事にシンクロニシティしているという事実が明確になるという点だ。まず、芸術だけ見ると、起こっている内容は違っても、西洋で大きなうねりが起きている時はアジアやその他の地域でもうねりが起きている。年表から「芸術」の要素だけを取り出しているので、そのうねりが見えやすい。さらに、他のジャンルを見ると、「芸術」がうねっている時は「政治」もうねってた
りする。そのうねりを明確にするためか、重要なトピックについては文字を大きくしたり、キャッチコピー化している。具体的にWombatでどうやっていくかはまだ考えていないけど、情報の見せ方を変えるだけで、いろんなものが見えてきたり、興味が広がるきっかけになっていく気がする。
ちなみに、松岡正剛のHPはhttp://www.isis.ne.jp/index_r005.htm

A: WOMBAT全体をマンダラとすると、中心にはなにかの普遍的なイメージや空気があるのが好ましい。たとえば、それを「未来のライフスタイル」とする。「農業」による自給自足を肉体生活の基礎として、好きなことして創造的に生きる。アグリファッションとか自然食とか晴耕雨読(言葉は旧いけど)とかをトレンディでカッコイイという感覚を。日本の農業従事者が平均年齢70代で、全国に休耕田がたくさんあって、自給率が低くて、という現状を変える。ホームレスの雇用・蘇生対策、学生のインターンシップから失業者、退役したシニアの世代を受け入れる体制を農家がとるだけでなく、それを支援する。資金的には、企業に出資させる。社員食堂の食材に無農薬有機野菜とか自然農の作物を仕入れたり、社員に農業実習をさせたり、家族とともに農業体験・農家での生活体験ツアーをサービスして、私生活領域の食生活・健康まで面倒を見る。企業の人材の生命力と能率、創造性を高めるとともに福利厚生を合理化する。というような総合的ビジョンをメディアとして発信することで、理想と現実の調和した希望のテンプレイトを提供できる。それに従うのも、それをヒントに違うライフデザインを描くのもいい。メガネットワークはなにも外部の各ジャンルや各グループ、各ネッとワーク同士を結びつけるのみでなく、一人一人の個人の内部を統合して全体性を取り戻すことでもある。それは、天空に手を伸ばす枝葉のように多様な個を発展・繁栄させながら、同時にすべてがつながった一なる根に帰ることだ。
そして、かなり若い世代には、学校の秩序などには乗っかれないが、魂の奥底で無私の心で全体のため奉仕をしたがっている人々もいる。そうした人たちにとって、そのエネルギーを流し込んで解放できるものにしたい。

S: 実家が農家なのに、農作業の技術が受け継がれていない。農家の後継ぎとして周囲の友達からうらやましがられるけれど、実際には都会から農村の実家へ戻れないで、隔絶感をいだいている知り合いもいる。

Y: 徳島の神山というところで都市と田舎の文化的交流をやっている。こんな場所に高い文化の拠点があるということが驚き。芸術家とか文化人を廃屋とか廃校に招き、そこを工房として滞在してもらい、作品を制作してもらう。人形浄瑠璃などを招くこともある。 中央と地域、地域同士の活発な情報のやりとりと循環の必要性を、人間のからだにたとえると、血液や栄養が末梢神経まで行き渡らないといけないということだろう。

A: 日本の国としてアフガニスタンの復興を支援するのは、日本国民の一人一人が外国人とオープンで友好的に関われるかどうか。外部に開く前にまずは、内部での十分な結びつき・ネットワーキングが可能である。そうしてはじめて海外の人と日本人がつながれる。そこで、農村⇔都市という国内の結びつきのパイプを強化する役目をWOMBATがになう。内では結束がかたくて暖かい人間同士の交流があるのに、よそ者には排他的で閉鎖的という農村生活者と、自由ではあるけれど、殺伐として孤独な都市生活者とのコミュニケーションを通じて、互いの間に横たわる壁を乗り越え、ネットワーク化してゆくのを促す。

T: 「セックス」で検索してやってきた人が、いつのまにか「農業」についてのコンテンツを読んでいる、というより、自然に興味深く読まされてしまうような仕掛けがほしい。もちろん、みんながそれぞれメチャメチャ好きなことをやっていれば広がりは自然に生じてくるのだけど、トップページとかその近辺には仕掛けがほしい。

A: 何が価値ある情報かというとき、現在の人々のニーズを改めて感知して、それにたいして最も有効なものを選びなおして供給するということができる。これはWOMBATがメガネットワークの頂点に立って、あらゆるニーズを吸い上げキャッチする受信装置的な側面である。たとえば、失業率5.5佑如▲撻ぅフ騒ぎのなか不安の渦巻く今の日本社会で、世界各地の紛争の報道や暗澹たる経済予測などの情報を伝えるよりも、楽観主義のすすめを情報として発信するほうが、より多くの人々の潜在的に望むものを与えることにならないか。戦前から戦後にかけて政治や外交の中枢にいる人々に精神的な指針を与えてきた橋本徹馬氏は、『人生を楽観的に観ずべし』(紫雲荘)という著書のなかで「失業問題の解決」という一章をもうけてこういっている。(皆さんの前に紹介する)「自分が職を失って食えないのであるからといって、早くどこかの会社その他に入って、早く月給を貰おうということだけ考えずに、換言すれば人から取ったり貰ったりすることばかり考えずに、先ず自分の特徴力量を考え、その線にそって、如何にして人に与えるか、或いは如何にして他人を生かすかということを工夫し、そこから自分の働く道、生きる道を見出すことが大切であります」人生楽観の五カ条というのに「各人の衣食住は、皆生まれながらにして与えられているものなることを信ずること」というのがあるが、昭和似24年に出版されたこの本の言葉は今の時代にも必要とされている。もし内容さえ広く知られることになれば、たちまち売れて大ベストセラーになると思われるほど、数学の公理のように普遍的な〈気づきと希望・正の波動に同調させる〉情報といえる。また根っこの情報ということもできるはずだ。
 





 


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